2006/08/23

猫の首に鈴をつけたい

その昔は事実を淡々と報道する姿勢だった日経新聞もその変性著しく、朝日や読売は言うに及ばず、かつての教科書問題の時のように国民は簡単には新聞を信じてはくれなくなった。

それもこれもこのインターネットの普及のせいだろう。かつては何が真実かは新聞テレビを信じるしか方法がなかったが、いまやインターネットで検索するとあらゆる情報が出てくる。

国民はそんな情報の中から確からしい物をチョイスする能力に長け、もはや新聞やテレビの内容を鵜呑みにすることはなくなった。

何より話題のその本人自身がブログなどで意見を述べることすらできるようになっている。 新聞テレビが何を言おうがこれほど間違いのないことはない。

インターネットが世界一だとかブロードバンドが世界一などと言ったところで国民がどの様にそれを利用活用しているかが本質的なことだ。ましてや国家がそれを規制するなどということは論外である。

その様にインターネットを規制しているということが西側諸国からみると重大な犯罪と言っていいが、当の中国人民がそのことをあまり気にしていないようにみえる。そんな言論や思想や判断に対してのスタンスがある限り中国人が何を言おうが日本人にはまともには取り合ってもらえない大きな原因の一つと言っていいだろう。

都合の悪いことを隠すということが、もはや過去の日本と同じことを今の中国が犯しているということだ。そんなことにはまるで触れることがない中国は先はない。

朝日新聞第一面で日本と中国の若者の意識を話題にしたコラムがあるが、立っているポジションが違いすぎるため話がかみ合わないし、優れた中華民国は日本なんかすぐ追い越しますよなんて若者がおっしゃっているようだが、日本人はそんなことは気にもしない当世なのです。残念ながら日本の若者は中国をほとんど意識していない。中国語ブームがあったかという今日この頃です。もちろん中国でも日本語ブームは過去のものと聞きます。

国家間が仲良くなり、国民どうしの交流が盛んになれば、このような話は全く無用のもの。お互いを助け合い、意見を言い合い、互いが幸福になればこれに越したことはありません。

今の中国の状態では何を言おうが日本人にまともには取り合ってもらえない悲しい中国でしかありません。そんなことを気づかせてくれるのは、今も昔もやはり日本ということなのです。この賢弟を大事にすることが過去の情けない中国から近代中国に前進する唯一の方法なのです。

猫の首に鈴をつけるのはなかなか難しい。