2006/07/17

少なくとも情報公開

サミットが終わって日本は終戦記念日に向かっています。その60年前は世界大戦ですから世界中が戦争をやっていたわけです。いまではどのような式典を各国はしているのでしょうか。

それぞれの国が正義のために戦って、勝敗はその結果。

負けたほうは確かに失うものは多いのですが、負けたからと言って正義ではなかったということではないのでは。ただ負けたほうのは言い分が通りませんから譲歩せざるを得ません。

例えば、アメリカ人がアフリカの黒人を奴隷としてアメリカに連れてきて人畜のように使っていました。最初は誰しもそれでいいと思っていたので、それは正義でした。その頃にそれはいけないと言ってもだれも聞く人はいません。

その後、それはいけない、黒人も同じ人間だ、と言う人が増えてきて戦争が起こって奴隷解放側が勝利しました。

いまではそれが正義です。

もちろん合理的理由もあります。だから多くの人間が理解納得できるわです。

翻ってこのアジアでも中国や東南アジアは西欧の植民地にさせられ、いいようにされていました。

アジアはそのような状態から解放されなければならない。

それらの国にもそう思った人はいますし、日本もそう思っていた。

そういう目的のために唯一植民地になっていない日本が東アジアを西欧列強から解放するためにはまず自分たちが強くならないと行けないということで立ち上がったのが大東亜戦争。

目的は植民地化で苦しんでいる中国や東南アジアの諸国を目覚めさせ自分たちの力で立ち上がること。

しかし植民地になっている国々の現状はあまりに悲惨。自分たちの力を信じるなどということすら無い状況。

それならそれで放っておけばいい、と言うわけないいかない。それでもいいのかもしれませんが、当時の日本におかれた状況から放置は出来ない、と考えたわけです。

今考えてもそれは正義です。

本当は中国がアジアの兄であるならばそのように納得させる力が必要です。納得するだけのものが必要です。

例えばサッカーでもそうです。ナカタが行ったことと、その辺を歩いている兄ちゃんがいったこととどちらに説得力があるか、ちょっと考えてみればすぐわかります。

中国には兄として正しき行いや見習うべきものが見当たりません。実際にやっていることは力で制覇しようとすることばかりです。

日本の世論が次第に右に移り始めている最近、国作りに一層高い理念が必要になっています。