2006/05/02

まねっこ

ここ日本においても外国の物まねはかつてありました。それは外国の優れたモノを観察研究 するあまり、結果としてどうしても似てしまったということ。

これは同じモノをコピーしてしまえと言うこととは次元が違います。

それに付け加えるなら、日本国内の消費者から外国の○○によく似ている、おかしいではないか、そんな声が上がるということです。

ですからメーカはそうならないようにオリジナリティをだすために切磋琢磨する。欧米のそれを越えるための「何か」を産み出すために苦労する。

彼の国では自分たちで似ているということがわからないことと、指摘されてなおわからない。自分自身奮起する姿も見受けられない。他を貶めようとする。

そんな寂しい国である、ということがアジアの隣国の日本として寂しいということだ。

このようなことはスポーツの領域でもよく発揮される。

スポーツという競技は互いに高め合うのが美しいわけだが、どっかにいちゃもんをつけて、陥れようとする。サッカーにしても野球にしてもいえる。