2006/01/20

ぽすと小泉

政治評論家や経済評論家、軍事評論家。いろんな評論家がいるが、すべて大きなものに対する評論である。

現代若者評論家や、家庭評論家、フリーター評論家、引きこもり評論家などという評論家はいるんでしょうか。

探せばいるんでしょうが、やはりお呼びではないのでしょう。そんな評論をしたところで意味がないということなんでしょう。

かといって自民党評論家とか共産党評論家などという者もいませんな。そんな評論は政治家どうしでやっているからなんでしょうか。

政治評論家などという輩が生息できるのは、その放送局のオーナーの主張と一致しているから。放送局のオーナーが自ら主張を放送するわけにはいかないので、代理としてそのような評論家を雇って意見を言わせている。そしてその責任は評論家に帰する。

いろんな評論家がいるのはいいが、的を得ていないのが玉にきず。わざと外しているようにも思えます。その外した分、攻撃相手に余裕を与えて、お互いに活動する余地を残す。

持ちつ持たれつの構図も見て取れます。日本はこのようなことでいいんでしょうか。資源もない、優秀な人間もいない、人口を賄うほどの食料やエネルギーの自給も出来ない。そんな国って無くなってもだれも困らない。

自分たちだけが、自分たちは世界中からなくてはならないと思われている、と錯覚している。そんな幸せな国。日本からみてイスラエルという国がなくなっても特に困らないのと同じこと。フランスという国が無くなっても困らないのと同じこと。

日本という国家が消滅してもだれも困らないのです。残念に思う人々はいるかもしれないが、困るという人はいないのです。

そのへんをしっかり踏まえて国際的な観点で政治を司る人が次に出て欲しい。