さいばん
互いの言い分や主張が衝突し、それなら第三者に判断を、ということで裁判という制度に判断を委ねる。実に民主的で意味のあることだと思います。
山口県光市の殺人事件が忘れかけた頃にマスコミをにぎわわしますが、こんな事件でも確かに加害者と被害者がいます。
この本村さんは100%の被害者だと思います。過失割合は0%。
嘘をついて消化器を買わせたとか、無意味な地震対策グッズを買わせたということではない。およそこの世の犯罪で一番罪の重い殺人を犯したということです。殺人より重い罪はありません。
分厚い法律がありますが、殺人より重い罪はないのです。殺人はあまたある罪の中の一つではなく、法律以前の罪です。法律など無い大昔でさえこのような事件があったら張り付け獄門になるはずです。
織田信長がこの出来事を聞いたら即座にこう言うに違いありません。
「市中引回しの上、そのものの首をはねよ、獄門にさらせよ」
場合によったら親も同罪なんて言うかもしれません。
どんな犯罪にも弁護士がついて、必ず何某の情状を申し述べて1%でも刑を軽くしようとします。加害者の生い立ちを申し述べて情状を組んでもらうということはよくある手です。
苦し紛れに嘘をついてしまうということはよくあると思います。しかし、苦し紛れに人を殺すということは相当準備が必要です。
苦し紛れに誇張した弁護をする弁護士も仕事とはいえ言葉に表現できない苦しみがあります。
こんなはっきりしている事件でも三審をまもるなら、せめて私たちの記憶がはっきりしている間に結論を出して記憶にとどめるようにしないと、事件の結果が一般市民に浸透しないことになります。

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