2006/03/10

勝ち組負け組

日本は世界と貿易をして国民の生活が成り立っている。これは別に日本だけではあるまいが、とりわけ日本は生活水準を維持するためには輸入量が格段に多い。鳥インフルエンザ問題で、フランスから輸入するのをちょっと止めただけで大きく報じられることを見てもよく分かる。

日本人としてはそんなに意識せずに生活しているが、果たして世界の一般的標準から見ると、日本人の生活は妥当な水準を超えているのではあるまいか。

公費無駄使いなど税金を無駄に遣わせないという意味では当然改善してもらわなければならないが、果たして一般国民として食べ物を残したり好き嫌いで捨てたり、誰もいないのにつけっぱなしにしたり、そんなことが日常のあちこちにあって、自分たちの無駄には気がつかない。使った物は自分の財布からちゃんと払うのだから何が問題なんだ。そんな声が聞こえてきます。

切り詰めるということではなく、正常な感覚から外れているのではないか。そう思うことがあります。時間に汲々とし、件数に汲々とし、かといって、ニートのように何もしない人間が生きていくことが出来るような錯覚を持っている人間もいます。

ゆとりをもって何か大きなことを目指しているというわけでもない。ただ目の前の問題をノイマン型コンピュータのように逐次処理しているだけ。いったい日本はこれからどうなるというのでしょうか。少なくとも我々に出来ることは、仕事を通じて社会に参画し、国民全員が互いに思いやり、理想の国家を共有し、それらを実現しようと互いに努力することではないか。

そのいみで、勝ち組負け組という言葉はそんな社会のあり方をぶち壊す言葉のように思える。