2005/11/20

自由

中国はなぜ自由な交流を制限するのか。経済を統制しようとするのはみんなが平等に争いのない社会を実現したいという現れではないかと思うが、今の中国はそのような状態には無く、外資を受け入れて相当自由に活動できている状態になっている。では情報はというと制限がまだまだ多く、思想などについては昔のままだ。ましてや順法意識などはほとんど無く、知的所有権の侵害などは言うに及ばず、ほとんど人治状態と思った方がいい。

小泉首相的な、状況をみて適切に判断する、ということをあっちこっちでやっていると思っていい。

都合が悪くなると、状況が変わったといってあっさり約束を破るということ。それも仲がいいか悪いかということも加味されるので、みんな戦々恐々と言うことになる。

そんな中国はなぜ物事を自由にオープンにしないか、出来ないのか。自由にしてオープンにすると物事の是非が明らかになり、真実が明らかになり、世界標準からみておかしい中国という国家が内側から崩壊してしまうからだ。

為政者はいつの世も自分たちの身がかわいいということだ。仮にそうだとすると自由主義経済社会にいる日本やアメリカなど西側諸国に政治家の方がはるかに潔いと言える。

何も今のような形を取らないといけないという理由は何も無いのである。人々を自由にすることは制限を加えることよりも良い事という理解がないことにさまざまな軋轢を起こす原因になっている。